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不労所得を確保し、早期のセミリタイアを目指します

株による配当金、株主優待を中心に不労所得を確保し、早期のセミリタイアの獲得を目指します。あわせて断捨離、ミニマリズムといった節約にも触れながら、いかに所得を増やし消費を減らすかについても書いていきます。日々のあれこれも書くかも、、、?

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「あきらめ」を感じながら

「あきらめる」

 

最近自分がつくづく感じていることの一つです。

 

以前から、

「期待が外れる、我慢する、

キャンセルする、延期する。。。」

 

その結果としての


「あきらめ」


ということは、数多くやってきましたが


こと最近の


「退職する」ということによる


「仕事のあきらめ」

 

は、競争社会における、いわゆる


「勝ち組」


といった昇進レースから脱落し

 

いわば社会人として、人として


世間一般から称賛されるという道から

 

外れることを意味するわけで


私にとってその「あきらめ」の意味合いは、

これまで以上にとても大きなものと

なっています。

 


ただ今回のその「あきらめ」によって


これまでの溜まりに溜まった


不安、不満、いらだち、疲労感、そして絶望感


といった様々な負の感情から

解放されることとなり


最近、

 

急に肩の荷が降りたような

 

そんな感じがしています。


そして、ずっと続いていた体調不良の状態も


少し緩和されてきたような気がします。

 

それだけ仕事に対する多くのことを

自分が背負い、

そしてその仕事が

自分自身を苦しめてきたことを

改めて感じています。

 

 

私としては、


「一つの会社に勤めて定年まで仕事をする」


といったこれまでの常識は、

今はとても考えられません。

 


私は今の会社に勤めて

まだ20年も経っておりませんが、


仕事に40年、

 

ましてや65歳まで働くなぞ


考えただけでぞっとします。

 


おそらくこのまま仕事を続けたとしても、

 

定年を迎える前に

 

「うつ」になるか

 

「精神異常者」となるかして


きっと近いうちに

 

心身ボロボロの状態

 

なっていることでしょう。

 

 

人間それぞれ

「適性、能力、体力、趣向性、長所」

などが異なるのだから


それぞれがその良さを活かして

社会に貢献できればよいのであって

 

自分を犠牲にして、


組織・会社のために


人生を捧げるような状況は


私にはどうしても疑問を感じてしまいます。

 

 

 

私はそういう疑問から

 

一度今ある状況をリセットして

 

新たなステップへと進むことに強く魅かれ、


そして「退職への道」へと

 

一歩進むことにしたのです。

 

 

今思うに

 

この「あきらめる」ということは

 

時に大きな決断をし、

 

これまでの状況から

決別しなければならないときには

 

非常に大きな要素の一つとなるのかもしれない

 

などと感じています。

 

 

今日も、将来のことばかり考えておりますが、

 

未だ仕事をしている身であっても

 

これまでと異なり

 

どこか冷静で穏やかになりつつある

 

そんな自分を感じています。