思い切って心から休むことも時には必要
最近よく眠れるようになりました。
まだ退職したわけではありませんが、仕事の重圧やらストレスなど多くのものから解放されてきていることが一つの大きな要因なのだと思います。
つい先日まで休みの日であっても、動くことがとても苦痛で、少し出かけたり掃除をしては、家でゴロゴロしていました。
日曜日の夜になると、翌日の出勤のことばかりが脳裏をよぎり、まさしく「サザエさんシンドローム」状態となっていました。
休みの日をゆっくり過ごしても全然休んだ気がせず、疲れがほとんどとれませんでした。
なんとなくナーバスになっている自分がいつもいるんですよね
それくらい日々いろいろなものが自分自身に鬱積していて、ちょっとした休みぐらいでは身体の調子が戻らなくなっていたのだと改めて感じます。
好きで楽しくてたまらない毎日なら、こんなことはきっと起きないのでしょう。
しかし「何かおかしい」「毎日がつらい」「生きている意味はあるのか」「なんか死にたいな」・・
こういうことを日々思うようになった時は、もはや心身ともに限界にきているのだと思います。
今改めて思うのは、上手くいかないことが長年続いたときは「本当に思い切って心から休む」ということが必要ではないのかということです。
自分を取り戻すことができるくらいゆっくり休めれば、次第に次のことを考えるようになり、再び動けるようになると思うからです。
そして環境を変えてみることも時には必要なのかもしれません。
同じ環境にいては、また同じことを繰り返すばかりで、いくら頑張ったとしても対処療法にすぎないと思うからです。
私はこれまでお金のやりくりのことばかりを中心に考え、退職後も仕事をしないといけないとずっと思っていました。
それは決して間違ってはいません。
しかし最近、ゆっくりと休めるようになり、1日を自分の思うように過ごす時間が増えた結果、少し考えに余裕が生まれてきたように思っています。
これまで何をするのも億劫だった自分が、最近「あれをしたい、これをしたい」とようやく少しづつですが自発的に動けるようになってきたのです。
そしてなんとなく「働きたい」という感覚が、新たに芽生えてきているのを感じています。
これは本当に心から「休む」ことで、ようやく次のステージに向かって自分が動き出せる段階にきつつあることを示しているのかもしれません。
自分が絶望に浸って回復不可能な状態に陥っていたら、きっとこのような感覚が起きることはまず無理だったことでしょう。
そういう意味で、私はまだ完全に自分がダメになっていないだけ幸せなのかもしれないと思っています。
今ある時間との出会いに感謝し、「自分はこれからどうしたいのか」、その答えを求めて許された時間を大事にしてじっくり考えていきたいと思います。